『熱海殺人事件』CROSS OVER 45公開稽古レポ&石田明インタビュー「僕が舞台に立つ理由」
2018.2.12
Theater letter──不定期連載でお届けする、好きなものだけ集めた、舞台からの手紙。
『熱海殺人事件』CROSS OVER 45の公開稽古当日。舞台上に見立てた、スタジオの真ん中には重厚な机、その両端には執務机と一脚の椅子──初演から変わることのないシンプルなセット。
この空間で、これまでどれほど多くの役者が『熱海殺人事件』を演じてきたことだろう。そして、お馴染みのチャイコフスキー『白鳥の湖』が爆音で流れ、舞台は始まった。
元AKB48の木﨑ゆりあ演じる、婦人警官水野朋子が、嫁ぐその日、自身がウエディングドレスを着て式にたどり着くまでの時間を高らかと宣言する。
「しめて2時間10分! アクシデントなしの場合です」
その言葉を受け、タキシードに身を包んだ味方良介演じる木村伝兵衛部長刑事が、叫ぶ。
「こんなにいい男がこんなにいい女にプロポーズするには充分すぎる時間です!」
昨年の『熱海殺人事件 NEW GENERATION』にて最年少でこの役に挑み、今年、続投。
そして石田明演じる熊田留吉刑事が、ダンスボーカルユニット・α-X’sの敦貴と匠海がWキャストで挑む犯人大山金太郎が続けて登場。懐かしの歌謡曲をふんだんに織り込み、ときに茶化し、鋭い真実を突きつけ、機関銃のごとく長台詞が応酬されていく……これぞ、つかこうへい作品……公開されたのは20分余りだっただろうか、濃厚な時間が終わり、誰よりも台詞の多い味方は汗だくに。そこへ、石田が「誰かっ! 木村伝兵衛部長刑事にティッシュを!!!」と叫び、張り詰めた空間は一気に笑いへと変わった。
*役のまま、汗を拭くティッシュを求める姿に、共演者も思わず笑顔に。
会見ではそれぞれの思いが語られ、最後に味方からの力強い一言が。
「このCROSS OVER 45……45周年を迎え、そこに込められたたくさんの人の思いや愛情を背負い、そしてここからまた新たな『熱海殺人事件』を続けていくために、僕ら5人一丸となって最高で最強のものを、全員でぶっつぶしあいながら届けます。
この作品は誰が主役になるかわからないので、全員で2時間フルショットで楽しく演っていきますので、応援、よろしくお願いいたします」
*作中に登場する曲にあわせ、全員で「よろしく」ポーズ。ちなみに「なぜ、衣裳はぼろぼろなのか?」と問うたところ、演出を手がける岡村俊一は「一生懸命、稽古してるから」との答えが、その真意は果たして……。
石田明インタビュー「僕が舞台に立つ理由」
2016年に上演された『新・幕末純情伝』で坂本龍馬を演じたNON STYLEの石田明が新たに挑むのは『熱海殺人事件』の熊田留吉刑事という男。それもCROSS OVER 45と名付けられた、45周年となる公演で──会見後、その心境を伺った。
NON STYLEの根幹を守っているのは
劇場のお客さんだから
──つかこうへい作品、というと怒涛の長台詞で知られていますが、台詞を覚えることと漫才のネタを覚えることはちがいますか?
石田:今回は、わりと漫才のネタの覚え方に近いですね。全体の雰囲気をつかんで流れで覚えて微調整していく感じ。『新・幕末純情伝』は殺陣もあって、かなりきちんと順序立てて覚えていく必要があったけど、今回は、かなり覚えやすいですね。
──この『熱海殺人事件』ですが、もとより演劇はナマモノで、時代を映し流行りをおもしろおかしく伝える「かわら版」的な役割も果たしていた、という側面から、時事ネタが盛り込まれしゃれのめす内容が多く、ゆえに映像化されることがありません。
その時事ネタを入れる……という部分も、漫才に近いのではないか、と感じます。
石田:それはあるかもしれませんね。まあ、僕らはあまり時事ネタは入れないんですけれど。
──失礼ながら、昨年、全国で開催された単独ツアー『NON STYLE LIVE〜漫才行脚〜』やテレビの漫才で、相方の井上裕介さんが謹慎されたネタをちょくちょく織り込まれていますが……。
石田:あれは時事ネタでも漫才のネタでもなんでもないです。ただ、僕がずっとアイツのことを言うってだけで、単に贖罪です。だから言い続けてるだけなんです。
──贖罪、ですが……たぶん、今、大切なことを教えていただきました。ありがとうございます。では『熱海殺人事件』ではご自身も時事ネタを考えたりするのでしょうか?
石田:まあ、みんな、それぞれに思いついたやつを持ち寄って、ですね。どうなるかはこれからです。
──稽古に入って10日目とのことです。
石田:今回、みんな、台詞覚えるの早いですね。味方なんか二度目だから特に。でも、今、別の舞台に出演中なので精神状態がぐわんぐわんだって言ってました(笑)。まだ数えるほどしか一緒に稽古できてないんですけど。
──石田さんはいかがでしょう? テレビに出演され、漫才の舞台にも立っています。
石田:あー……でも、僕にとっての舞台はチャージの場ですから。
──力を受け取っている?
石田:はい。もらってばっかりですね……お客さんからもですし、いろいろな演出家の演出もですし、なにより稽古場ですね。共演する方々がそれこそ全力でぶつかってくる、ということはコンビ間ではなかなかないですからね。
──それが心地良い?
石田:んー……心地良いですねえ、共演する人たちから全力でぶつかってもらえることが。だから、こちらも全力でぶつかり返す。そのやり取りがおもしろくて。なのですごく疲れますが、それも良くて、毎日、ぐっすり眠れます。お酒飲まなくても(笑)。
──いい話です。ご自身が演じられる熊田刑事について伺います。富山の田舎から立身出世を夢見て憧れの桜田門に訪れ、都会流というか、木村伝兵衛部長刑事ならではの捜査に翻弄される……といった役どころです。
石田:まさしく、今回の僕自身が熊田刑事みたいなものです。全然、知らない世界へ、アイツ、ちょっと芝居の経験があるから、と呼んでもらって、この「つかこうへい」という舞台に立たせてもらうことで、その本流に触れる……その事自体を熊田刑事に重ねることで、力を出しています。
──ちょっと芝居の経験がある、と謙遜されていますが『新・幕末純情伝』の坂本龍馬もさることながら、脚本や演出も手掛け、2011年の『スピリチュアルな一日』では主演、2014年『ダンガンロンパ THE STAGE 〜希望の学園と絶望の高校生〜』では出演とともに演出も手掛けられました。
石田:でもきっと、僕がそういったことをやっていると知っている人はごく僅かですよ。ほとんどの人は知らないと思います。本当にまだまだやなあ、と感じています。
──まだまだ……?
石田:はい。もし舞台での僕の評価がもっと上がれば、テレビでの漫才やバラエティ番組での評価も上がると思うから、まだまだですよ……本当にまだまだ、田舎刑事の熊田留吉と一緒やなあ、と。
──やはり、ご自身の真ん中にあるのは、漫才?
石田:そうです。というか、漫才師です、今は。ただ「漫才師だ」ということがあるだけ。でも、その周りにはもっともっといろんなすごい世界があって、そっちから入ってきた人が僕らの漫才を見てくれるようになりたいんです。
今はまだ「漫才師のわりには、まあまあお芝居もできるよね」ですが、これを「石田ってお芝居もすごいけど、漫才もすごいやん」ってなりたい。流れを逆転させたい。
──外から新たな人々を呼びたい?
石田:そうですね。「NON STYLEの観客を増やす」ということを考えたときに、僕ができることはやっぱり舞台に足を運ぶお客さんをつかむことで、つかんでいかなくてはならないと思うんです。
一方で「テレビの視聴率を上げる」というのは井上の役割なんです。だから僕は劇場に足を運ぶ能力がある、というか、生の舞台を楽しむ感覚を持っている方々に観ていただくことを大切にするんです。
──私事ですが、以前『オトメコンティニュー』誌で漫才コンビに互いの話を伺う「相方語り」というインタビュー連載をやらせていただき、2011年にNON STYLEのおふたりにもご登場いただきました。当時はそういった「外」への意識よりも、互いの関係やテレビでの見え方を考えておられました。
ですが、今日のお話はその先の「外にどう働きかけるか?」ということに意識が向いているように感じます。それはいつごろ、変わられたのでしょうか。
石田:あー……井上が明確にテレビの人になっていって、どーんと有名になってからですね。もともと「劇場の漫才が主体」という根っこはふたりともあったんですが、井上がテレビに出るようになって知られるようになったから。
……実は劇場のお客さんが増えるかな?と思っていたんです。でも、増えなかったんですよ。
──……なぜでしょう。
石田:テレビサイズがおもしろいからです。だから単独ツアーをやっても、僕のお客さんが増えていく。昔もそうでしたが、今もです。絶対に井上のほうが有名なのに、その方々は劇場には来てくださらないんです。
でも、NON STYLEの根幹を守っているのは劇場のお客さんだから、そこを守らなければ今の井上も無かっただろうし、これからの井上も無いと思ったので、そこは僕がなんとかしないとな、と。
──井上さんのために……?
石田:まあ、もっと言えばNON STYLEの、ですが。だから、まず根幹の舞台がしっかりあることで井上も自由にできるし、僕は僕で舞台で地道に力を付けることができる、それがいいと思っているんです。
演劇はお金にならない
でも、ものすごいものがもらえるんです
──その、石田さんの舞台で特に印象に残っているのは、6年前、2012年2月に自身が作、演出、出演も手掛けた『ファミリーレスト乱』です。
石田:ありがとうございます! あれ、画期的だったでしょう?
──はい! これは、なんとタイトル通り、実際の『デニーズ』店舗で上演されました。
観客である私たちは店を訪れた客として食事をしますが、店員が吉本の若手芸人さんたちで、実は席についた瞬間から舞台が始まっている。そこにいきなり強盗が逃げ込んできて立てこもり、観客は人質となってしまい、店員を巻き込んで繰り広げられる事件を見守る……という、ものすごく楽しい体験でした。
石田:すごい手間ひまかかったけど、やれたことがおもしろかったですね。
──1日限り2回公演だったので、ご覧になった方は100人足らずだったと思いますが、当時、石田明という人はなんというおもしろいことを考えるんだ!!!と驚きました。先々、また、こういったご自身の企画は……?
石田:やりたいんですけど、今、自分で立ち上げたものを演る時期か、というとそんなでもない気もしていて……むしろ、より大きくて見知らぬ場所に呼ばれているかな、と。
すでにスポットライトを当てていただいてる場があって、そこに招いてもらうことが多くなっているので、今は、どれだけ応えることができるか、同時に僕も利用させていただけるか、を、がんばる時期だと思っているんです。ただ、脚本はこそこそと書いていますけど(笑)。
──書くと言えば、先日、『小説BOC』誌にコラムを寄稿されました。書き下ろしコラム集『万歳アンラッキー』以来、久々かと。
石田:これは、ご依頼いただいて、好きに書いていいということだったので脚本とはまた別に自由に書きました。ただ、小説もお話はいただくんですがやっぱり最短でおもしろいことをしたいので。それでいくといちばんは漫才、次が舞台の脚本だから、そっちを優先してしまいますね。
──なるほど。スポットライトを当ててもらっている場に招かれる、という話に戻すと、役者としての評価も高まっているのではないかと感じます。
ことに『新・幕末純情伝』での坂本龍馬はすばらしくて。情けなくて情が深くて、でも潔くてかっこよくて泣けました。
石田:ああー、ありがたいことにとても評価をいただきました。坂本龍馬は本当に情けないし、弱いところも晒してしまう奴で。でも、これ、熊田もですが、僕には泥臭く努力してあがく役が似合ってると思うんです。だから台詞で勝負というよりも、シーンで勝負したい。なので、今回、熊田という役をいただけたことがうれしくて。この話はある意味、熊田のサクセスストーリーでもあるから、そこも自分に重ねて演じています。
去年、味方の木村伝兵衛を観て「うわー、いいな、『熱海殺人事件』出たいなー。味方とまた演りたいな、戦いたいなって」と思ってたので、それが実現したこともうれしくて。
──味方さんは『新・幕末純情伝』で石田さんと共演、桂小五郎を熱演しました。当時、味方さんが出演したミュージカル『テニスの王子様』のネタを振られて翻弄される姿を客席ではらはらしながら観ていました。
石田:でも、それをね、僕がイジり倒しましたから。
──その掛け合いもすごくて。石田さんがさんざんイジることが笑いになっていき、回を重ねるごとに味方さんが石田さんの隣でどんどん度胸を付けて、どっしりと構えていく姿を観て、幸せな気持ちになりました。
先ほど会見でも味方さんが「誰が主人公かわからなくなる作品」と語っておられて、今回、そのおふたりが再びバチバチする姿を観ることが待ち遠しく。
石田:僕もすごく楽しみです。毎日、稽古終わると、頭がぐわんぐわんするくらい濃密です。それくらい、この二時間くらいに人生が詰まっているというか……。
──今日の公開稽古も短い時間ながらも実に濃く、皆さん汗だくでした。
石田:ね。でも、ここからさらにペースが上がっていくと思います。
──常に全力投球です。
石田:それはもう!「あの人、一生懸命だな、一回も手を抜かないな」と思ってほしい……もう、自分で言っちゃいます(笑)。
──すてきです。最後に一言、お願いします。
石田:舞台然り、漫才然り、ですが、全部、その日、その日のコンディションによって変わってくるんですよね。同じ漫才はないし同じ演劇はない。なので、その日の石田、その日の熊田を楽しんでほしいんです。
だから言いたいことはひとつだけで、皆さんに舞台を好きになってほしい。テレビやネットといった家で楽しめるものもたくさんありますが、演劇は本当におもしろいものなので劇場に足を運んでほしい。そのためだけに僕は舞台に立ち続けています。
──確かに、生の空間の生み出す熱は癖になります。
石田:演劇ってね、お金にならないってよく言うじゃないですか。本当にそうなんですよ。手間暇かけて時間かけて稽古して、でも役者にすごいお金が入るわけじゃない。お客さまもチケット代を払わなくてはならないし、その日、その時間に決まった場所に行かなくてはならない。考えたら誰も得しないんです。
でもね、唯一、絶対に得することがあって、それは満足感だったり、感じ取れるものだったり、と得るものがすごくあって、ものすごくおもしろいものが待っているから。ネットサーフィンではなく舞台サーフィンをしてもらって、そこに出ている役者に惚れてほしいと願って舞台に立つんです。だから、ぜひ一度、いらしてください。
石田明
いしだ・あきら
1980年2月20日生まれ。大阪市出身。取材時37歳。
漫才コンビ「NON STYLE」のボケ担当。
2018年1月23日、都内スタジオにて収録。
撮影・取材・文/おーちようこ
公演情報
『熱海殺人事件』CROSS OVER 45
2月17日から3月5日まで東京・紀伊國屋ホールにて上演。